2015年1月5日月曜日

「企み」を「投げる」~新年のご挨拶

新年、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

本日から仕事を開始しました。
年末年始で何が変わるわけでもありませんが、「節」は大事ですね。
なんとなく新たな気分でスタートできました。

正月休みは本当にのんびりさせて頂きました。
そうすると普段とは違った物の見方をすることができた気がします。

年末に先輩経営者と話していた時に、簡単に言えば、
分かっていてやってないのは怠惰ではないか、というような話が出ました。

その方はそんなに重く言った訳ではありませんでしたが、
自分にはドスンと響きました。

そして、ふと気づきました。
現実に対して受動的だったかもしれないと。

年末年始に、昨年というよりも、昨年までを振り返って思ったことは、
妥協せずにすべきことをしてきたかということでした。

そんな中で読んだ、昨年末に発売された岡本吏郎さんの新刊、
『中小企業経営者のための本気で使える経営計画の立て方・見直し方』
の中に、ハイデガーの「投企」という概念が載っていました。



そこからの抜粋。

「人は、無理やり世界に投げ込まれた存在かもしれませんが、同時に、新しい可能性を投げ込むことができます。…ただ投げつけられるのではなく、そのぶん、思いっ切り投げ返してやる。そこが人生の面白さだと思います。」 (23頁)

「私たちの将来に対する態度は、『投企』からはほど遠く、問題が発生しないようにひたすら期待しているだけです。そして、そういう期待ですから、後で代償を支払わざるを得ない時が来ることになっています。代償の原因は、遠い過去から、ゆっくりと時間をかけて積み重ねられたものです。ですから、その結果に気づいた時に、”性急”に何かをしようと思っても万事休すです。」(24頁)

「問題が発生しないようにひたすら期待し、同じことを続けていても空気は抜けていきます。ですから、『投企』が必要です。行動を企て、それを投げつけてやるのです。企てがすべて成功するとは限りません。むしろ、失敗は多いでしょう。…それでも、我々は運命(=”構造”)に向かって、企てを投げつけてやらなくてはいけません。」(26頁)

現実からの挑戦を受け止めていただけで、何かを投げ返していたか。
若しくは、投げ返していたとしても、一貫性があったか。

受け身でなく、能動的に「企み」を「投げる」。
昨年からもやっとしていた気分に、ようやく名前を付けられたようです。

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